100年続く企業は何が違うのか? サスティナブルな組織論の原点は日本的方法にあり



多くの企業は短命に終わる

日本の企業に関わる重要なデータがあります。それは、100年間のあいだに果たしてどれだけの企業が存続しているか、そのパーセンテージを示すグラフです。以下をご覧ください。


このように、3年後には40%、10年後には5%、100年後に至ってはわずか0.03%しか企業が存続しないというデータが出ています。

このテキストを読んで下さっている方は、ある特定の会社組織に属しているはずです。さて、あなたが属している会社は100年後、果たしてこの地球上に存在しているでしょうか。または、あなたの子孫はいったい100年後にどうなっているのでしょうか。

多くの方々にとってこのような「問い」は、唐突な印象を与えるものであり、きっと戸惑われることでしょう。常識で考えれば、100年後の世界に自分は生きていないわけですから、100年後の世界は自身の利害とは関係ないのです。それよりも明日やるべき仕事、あるいは、いま抱えている悩みについてもっぱら考えたいと思うのが人の心というものです。

しかし、実はそのように考えてしまうこと自体が、偏ったものの考え方、きわめて不自然な思考であると言うと、信じていただけるでしょうか。私たち日本人はもともと、自分が生きる100年後のことを考えていましたが、近代以降はそのような発想はほとんど無くなってしまいました。

いまや私も含めて多くの日本人は、目の前の作業に追われ、短期的な成果を求められる日常を過ごしているのです。

西欧的支配システムの優勢はいまだ変わらず

日本人がこのように考えるようになった背景には、ご存知のとおり西欧からもたらされた合理主義・効率主義的な思想が深く関わっています。分業によって効率化することにより成果を最大化しようという考え、たとえば大衆車であるT型フォードを大量生産し、大量普及するために確立された思想(フォーディズム)などは代表的ですが、分業体制により、人間が全体の仕組みのなかの歯車の一部を担うことで、最大価値を生み出す仕組みが非常に理にかなっていると考えられたのです。

このような人を機械の一部としてしか考えない思想が明治・大正の時代にもたらされ、女工哀史のような悲しい歴史も生み出しましたが、それは決して過去のことではなく、現代の時代に至っても決して状況は変わっていないと言えます。

目先の短期的な稼ぎのことを第一優先させる考え、四半期で業績を出さなくてはならないプレッシャー、そのような状況のなかで苦悩を感じる人も少なからずおり、なかには自ら死を選ばれる方もいます。日本の有力企業に所属する優秀な若者が、過労の末に死を選ぶという痛ましいニュースは後をたちません。

私はこのような仕組みと思想は前時代的なものであり、決して優れたものではないと考えています。おおもとのシステムの出来が悪いから、それに従じる人々は苦痛を感じなくてはならない。従事する人々の苦痛を見てみないふりをするのもまた、このシステムの特徴であり、私はそれが諸悪の根源のひとつであろうとも思うのです。

多様な工夫により、持続性を高める日本システム

さて、翻って日本という国そのものに目を向けてみましょう。この世界各国の年表を比較した図をご覧ください。世界史は当然ながら、歴代王朝の抗争の歴史であり、覇権をにぎる権力が中央権力を作っては栄え、滅ぼされ、という興亡を繰り返しています。


よくよくご覧になると分かると思いますが、この図のなかで唯一ひとつだけ、国家が古代からずっと続き、現在に至っている国がありますね。それは日本です。日本は二千年以上にわたって国が変わっていない世界で唯一の土地なのです。

また、日本は諸外国と比べて、100年以上続く企業が多いというデータもあります。飛鳥時代に創設された世界最古の企業である金剛組も、日本の奈良県に存在しています。このように、なぜ日本ではさまざまな物事が長期にわたって持続してきたのでしょうか。その秘密は、旧来からつづく日本人特有の考え方にあります。

日本人は昔から、支配的なシステムを構築しないからこそ、互助システムが働き持続性が高まることを知っていました。普段から進んで与えるからこそ、困ったときに周りが助けてくれる。関係構築の工夫がいたるところで為されていたのです。

たとえば、海外からの食糧供給もなく、農業の不作を回避しきれない江戸時代以前の日本では、幾度も襲いくる飢饉の脅威への根本的な対策が必要でした。そこで、大名は領民から徴収した穀物の一定量を備蓄にまわす災害や飢饉に備えた特別な「義倉」を設置し、商人など裕福な者は危機に際して積極的に施行し、農民同士も相互に相互援助し合う仕組みを導入。なかには米沢藩はじめ、草木などの代用食の調理法を伝える、飢饉救済マニュアルを配布している藩もありました。

これは単に、義理の気持ちで人を救うという意識だけでなく、非常時への対策を十全にしていることが庶民からの信頼につながり、大名の組織体制の持続性を高めることにつながっていたのです。

このような相互に支え合う考えは、日本の神社の仕組みにも見られるものです。たとえば、神事の最後に神酒や新撰を一同で属する直会(なおらい)の儀式は、神と人とが同じ食べ物を共有する宴であり、このような営みにも、「分かち合う」ことを重視してきた日本人らしさが垣間見えます。

他方、利益のみならず、そのおおもとにある方法を分かち合うことも私たちの祖先は積極的に行っていました。たとえば、各地の神社は御神木を中心に形成されていますが、大樹を中心に植えることは必ずしも信仰上の意味合いだけではありませんでした。近年の研究によると、御神木は藻類や菌類の貯蔵庫であり、そこからネットワーク的に栄養素をはこび、近隣の農地を肥やすおおもとであるという事実も解明されています。神社の巨木は、実利的な目的で中心に置かれていたのです。

そう見ると、御神木を中心にした神社の仕組みごと各地に伝播させていくことは、実際は日本人が持続的に生きていく仕組みをそのものを伝えていく行為であったとも考えられます。

このような「分かち合う」ことで互助関係を構築する手法は、この頃ではシェアリングという言い方をされますが、日本ではすでに太古の昔から、そのような取り組みかなされていたのです。

一方であえて異質なものを排除しないことも、日本人が昔から重視してきた一つの方法といえます。

日本という国の不思議な点として、八百万の神々と多種多様な諸仏を一緒に祀る、「神仏習合」の考えがあります。マハーカーラーやヴァイシュラヴァナは、もともとは中央アジアで信仰される外来の神でしたが、日本人は大黒天、毘沙門天と名称を変えて信仰する対象としました。密教における曼荼羅にも各地域で信仰されていた仏が同じ世界観のなかに描かれており、異質な神々であっても祀れるハイパープラットホームがそこに実現されています。

日常生活が続かないことの最たる原因として、相互に異質な民族のあいだで起こる戦争は大きな原因です。古より人類を苦しめ続けてきた戦争はなぜ起こるのでしょうか、それは他者への憎悪が原因といえます。

そのことを日本人は古来から知っていたのでしょう。異質なもの、毒と思えるものを排除しない神仏習合の思想は、憎しみを生み出さないシステムとも言えるのです 。職場での人種的な多様性を重視するダイバーシティの考えがさらに進んだ思想といえるかもしれません。

持続的日本モデルを世界に発信していく

さて、支配することを重視し、長く続かないことをあえてやってきた西欧のシステムに対して、工夫により持続性を実現してきた日本的システムの一端について例示しました。少し大きな話になりましたが、このような考えを小さな組織レベルに落とし込んでいけば、会社組織の持続性も高まると私は考えています。多くの人がこのような考えを実践していけば、100年続く組織はもっと増えていくことでしょう。

自ら与えることで互助的な関係性を構築すること、および異質性を受容しあえて取り入れ憎しみを生み出さないことは、いずれも課題解決のための日本的な手法といえるものですが、他にも文明を持続させるための方法はさまざまあります。しかし、長くなり過ぎてしまうので、より詳細な話についてはまたの機会にしましょう。

今回、最後に強調しておきたいのは、世界はもちろん、日本国内もまた西欧的な近代システムの影響が依然として強いということです。

自利と他利を分けることが相互に疎外を生み出すこと、異文化を排除し、それを認めないことが憎悪の原因となり、延いては戦争にいたることを、もっと世界的に自覚すべき時期に差し掛かっているのはないでしょうか。

また、そのような時代に際して、先祖の代から大切にしてきた生きる上での心構えや工夫を私たちは日本人として思いだしていかなくてはなりません。ルーツを知り、その優れた方法を世界に発信し伝えていくことは、私たちにしか出来ません。現状を打開し、世界規模でサスティナブルな未来を実現するには、そのような自覚を一人一人がもつ必要があるでしょう。