なぜ、いわゆるコンサルは成果を出せないことが多いのか? 西欧モデルの限界と陥穽



日本人が感じるコンサル業への違和感

企業という組織体が短期的あるいは長期的な成果を上げるためには、社内のリソースだけでは足らないことがあります。そのため、外部の識者が知見やノウハウを提供する、いわゆる「コンサルタント」という職業が近代になり隆盛を極めました。

一体いつから「コンサル」という職業が出現するようになったのか、その起源は諸説あり定かではありませんが、20世紀初頭には、J.D.マッキンゼーやA.D.リトルといった黎明期のコンサルタントがすでにその活動を開始していました。 科学的手法により経営を最適化するその手法は近代合理主義の価値観に非常にマッチし、それゆえとても歓迎されるものだったのです。

そのように大小の企業とともに活動をともにする新たな業態として登場したコンサルタントですが、日本に本格的に上陸したのは意外と最近のことで、 1970年代以降のようです。関係者による当時の回想録を読むと、どうやら日本では「コンサル」という職業自体があまり歓迎をもって受け入れられず、 当初からそのサービスの価値を伝えるのに苦心していたことが伺えます。

すなわち、日本人にとって「コンサル」というサービスには当初から違和感がつきまとっていたのです。

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日本ではなかなか拡大しないコンサル市場

さて、海外から「コンサル」の手法が国内に導入されて、はや数十年の月日が流れましたが、今現在、果たして「コンサル」は日本国内で受け入れられるようになったのでしょうか。

世界各国におけるコンサル業の市場規模を比較すると、米国がダントツであり、欧州各国がそれに続くのに対して、日本におけるマーケットサイズは非常に小さいことが見てとれます。日本におけるコンサル業の市場規模は、トップの米国と比較すると実に10分1という程度なのです。

このごろ、日本国内においてコンサル系企業は花形の就職先であり、非常に優秀で高収入というイメージがありますが、実態は依然としてこのような状況なのです。

日本にコンサルビジネスが導入されて50年近く経った現代においてさえ、このような状況に留まっている理由とは果たして何なのでしょうか。いろいろな説が考えられますが、私としては主に2つのことが主因ではないかと考えています。ひとつめは、西欧で確立された「コンサル」的な考え方そのものが日本人の肌感に合わないこと、ふたつめは日本的経営および経営者の抱える根源的な課題を解決に導くものではないということです。

支配者のキーワードを多用するコンサル業界

さて、私が考えるひとつめの要因、西欧で確立された「コンサル」的な考え方そのものが日本人の肌感に合わないことについてですが、そのことについて考えるには、「コンサル」の世界で使用されている用語に着目する必要があります。

欧米からもたらされたコンサルタントが使用する用語、すなわちマーケティング用語としてよく知られているのは、たとえば「リサーチ」、「ターゲット」、「ストラテジー」といったキーワードですが、こういった言葉は総じて軍事用語に由来するものです。 もともとが相手を叩きのめす、自分のみが利益を得るための思想がマーケティングの背後に存在しているのです。

西欧は近代までずっと帝国主義が基本理念であり、諸外国を攻めて滅ぼして従属させてもよいという考え方を有していました。ノアの箱船の話も新天地をもとめていく話ですね。攻め滅ぼした土地が100%自分たちのものになるのが帝国主義的な考え方であり、 それを実業面で施策レベルで展開したものこそが、マーケティングの基本的な考え方とも言えるのです。

このような思想は、もともとが相手を攻め滅ぼす思想ですから、周囲に味方が増えて行くものではありません。当然ながら、こちらが相手から攻め滅ぼされてしまうこともあるでしょう。つまり、短期で見ると、成功し安定と裕福な暮らしを手に入れることは出来るが、長期的にみると、その安穏は決して保証されているものではないのです。

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日本≒アジア的な新たなマーケティングモデルの時代へ

他方、日本に視線を転じてみると、ビジネスやマーケティングという言葉が存在しなかったこの島国では、全く違う仕事観であったことが分かります。

日本では本来、競合は蹴落とす対象ではなくてともに切磋琢磨し合う関係、顧客は騙くらかす対象ではなく共に繁栄し合う関係でした。主客は相互に利益を分かち合うものだったのです。報徳(二宮尊徳)、互譲互助(出光佐三)など、日本の実業史に残る言葉の数々も、西欧のコンサル的な視点とはだいぶ異なります。

私は21世紀以降の時代においては、日本≒アジア的な思想に基づくコンサルティングが必要であると考えています。それは、敵対者を作るものではなく、何かを支配するものとはならないでしょう。またそれは、ただ単に左脳的ロジカル思考に基づくものではなく、人の感情を無視せず相互にコミュニケーションを深化させていく、右脳的な工夫の発想も多分に含まれたものになるはずです。ビジネス手法的にも西欧モデルよりも遥かに優れたものになるに違いありません。

日本にコンサル的な考えが根付かないのは、決して日本人が遅れているためではありません。むしろ、私たちはもともとより進んでいたからこそ、単純な手法に違和感を覚えていたのです。顧客がうらぶられることのない、従業員が追い込まれて自ら死を選ぶことのない、競合に花一輪を贈るような、日本≒アジア的な新たなマーケティングモデルを構築するべき時機に差し掛かっています。それはもはやコンサルとは呼べないため、新たなネーミングが必要かもしれませんが。

(私が考える日本的なマーケティングモデルの詳細については、また機会をあらためてお話します)

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